見える化がみえるか

チラ見しただけで即、ページから離脱されそうな、あるいは昭和期の関西人からハリセンを喰らいそうなタイトルしか思い浮かばなかったのはなぜか。最近、イマイチ頭が回らないからだ。2週間前にかかったノロウイルスもどきと、先週末かかったインフルエンザもどきのダブルパンチのせいだということにしておこう。

 

さて、そもそも「見える化」とは何か。ざっくり言えば組織における情報共有化のための工夫のひとつだが、従来からの「可視化」とはちょっと異なる。かなまじり語のもっさり感そのままに、現場感覚、手触り、実在感などを持たせ、人間の行動に直結させるのがミソだ。生産ラインの異常を知らせるトヨタの工場の「あんどん」が、その発祥といわれるのはうなずける。こんにちでは生産現場だけでなく、ステークホルダーへの説明責任まで、あらゆる場面の情報に「見える化」が試みられつつある。

 

対応する英語をつねづね考えていた。あたりまえのところではvisualizationだが、これだと「可視化」との区別がつかない。どんなもんかいね、と思っているうち、面白いことを聞いた。カナダの某日系工場では゜Mieruka”とそのまま使われているらしい。トヨタ発祥の「Kanban method(かんばん方式)」や「Kaizen(改善)」と同様、世界標準の生産用語になるか!?

 

「プロフィール」のページにも書いているように、LC研究所のめざすのも、思考の「見える化」だ。

 

今まで日本社会で通用してきた、「これやっとけ」「え、あっちはいいんですか?」とか「ほれ、そこは水心あれば魚心」「お前もワルじゃのう」とか、以心伝心の情報交換が難しくなってきている。情報の受け手と送り手の思考の均一性が期待できなくなっているのだ。明日訓示を垂れるボスは年下のうら若い女性で、あなたの横でそれを聞いている同僚は、外国人かもしれない。

 

それでも研修などで、会社の価値基準どっぷり、匂いの違う奴はあっちへいけ、的な態度がいまだに見られる。自分の思考がバイアスで凝り固まっていることすら、気づかないこともある。でも今期のヒット商品が来期のお荷物となる今日この頃、「変化」や「多様性」が受けいれられない人や組織は、サバイバルすることが難しいに違いない。

 

創造性なんて打出の小づちではなく、組み合わせの妙ではないかと、最近つくづく思う。それを生み出すためのキーワードは「文殊の智慧」だ。情報を正規のルートで流して等しく共有し、みなで考えに考え抜いて、今あるものを材料としてさらに価値あるものに変えていくしかない。日本企業は、そんな原点に戻らなければとエラソーに考えるこの頃だ。

 

 

 

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