シューカツのためのボランティアガイド

4月。新学期が始まった。どこの大学も新入生や、この季節にしか顔を見せないような学生であふれかえり、食堂の席を確保するのにも難儀するぐらいだ。キャンバスを歩くと各部の新入勧誘要員が立ち並び、アメ玉や駄菓子をホッチキス止めしたチラシを押し付けてくる(私にはくれないが)。さりげなくチラシに目をやり、ボランティアサークルの多さに驚く。

 

彼女・彼らの勧誘の常套句はこうだ。「シューカツに有利です!」。ホンマか?

 

答えはNoでもあり、Yesでもあると思っている。下心見え見えではじめたボランティア活動が今まで無縁だった世界に自分を導き、何かをたっぷり感じさせてくれたのならそりゃ有益だろう。ただ、大半は、ジュリアス・シーザーならぬ「来た、見た、やった」に留まっている。

 

そのような学生のESはたいていこんなパターンだ。

「××ケアハウスにお年寄りを励ましに行くことになりました。盛り上がる企画にしようと提案、それをもとにサークルの中で真剣に話し合いました。ときには鋭く意見が対立することもありましたが、みんな徐々に私の『お年寄りを楽しませたい』という熱意を理解し、最終的に無事企画をまとめることができました。当日は皆の前で披露し、成功を収めました。」

 

こう書いた人にひとこと聞きたい。「だから?」

 

もっと親切に尋ねると「その経験が今の自分のどこに生きているの?」か。単に体験談を披露しても仕方がないよ、と言うとよくある修正パターンはこうだ。

 

「この経験により、企画をまとめるコツを学ぶことができました」。いやいや、お年寄りの話はどうなった?

 

ビジネスコンテスト参加のネタならいざしらず、、すぐに自分の利得の話につなぐことがPRであると勘違いしている。ボランティアなら喜んでもらってナンボのもんだと思うが、全て自分目線、で語ってしまう。なんで相手がどんなに喜んでくれたか、その後、ボランティアへの自分の取り組み方がどうかわったか、という話につながらないんだろう。

 

表現力不足なのか、それとも相手に関心がないのか。どっちだ?