生きていくということ

あえてタイトルはこうしたが、本当に書きたかったことは「自殺」だ。

電通事件にしろいじめ自死にしろ「いのちを大切に。世の中には生きたくても生きられない人もいます」的な正論がはびこる。その風潮に馴染めないでいる自分がいる。

 

なぜか。それは両親よりも恋人よりも、おそらくご本人ほど「生きたい」と望んでいる人はいないからだ。以下、いじめサバイバーによる裁判の陳述書『生きている僕だから伝えられること』から抜粋する。

 

… 新聞の見出しに「いじめを苦に自殺」。ニュースでは「いじめがエスカレートして自殺しました」とアナウンサーが原稿を読みます。でも、私は違うと思います。被害者は苦しいから死ぬのではなく、楽になりたいから死に向かうのだと…

 

「食べよ、生き延びよ」を天命として与えられたすべての生き物にとって、自らを守るための本能的な行動は`逃げること‘だ。パワハラ、いじめなどに苦しむ「今、ここ」からの逃亡先が、たまたまあの世だったというのが自死者なのだと、私は確信している。

 

「いや、レミングだって自ら湖に飛び込んで集団自殺する。まして大脳皮質の発達した人間は『死という人生』を選び採っているんだよ」というあなたへ。動物ですら、の根拠となるディズニーのドキュメンタリー映画”White Wildness”(1958)で真偽の検証はいかがかな。

「♪なぜか不思議なこ~とに~、シッポから落ちていく~」川口浩的レミングが観察できる。

 

(それにしても、あくまでもネズミビジネスで儲ける会社である。)

 

生き物に「自殺」などない。レミングらのように「必死」の崖っぷちに追い詰められただけなのだ。

 

 

 

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