やっぱりディベートが好き

週末、ディベートの審判員をさせていただいた。(前々回物議をかもした『させていただく』だが、審議会答申に照らせば今回に限り適切かと)。その時おもったのは、「カウンセリングもコーチングもファシリテーションもじったものの、やっぱりわたしにゃディベートが一番」ということだった。

 

なぜか。ひとつめは、聴く時間としゃべる時間が担保されているからだ。カウンセリングだと特に初期段階では「それはおつらい体験だったでしょう」「無理もないですね」など、基本的に自分のセリフはあいづちのみ。根がおしゃべりな人間にとっては結構つらい。

 

ふたつめは、スピード感。相手の論点を追いかけ、頭をフル回転させて、チームでタッグを組んで論題に添ったカウンターコメントを考える。ハンパなく聴く力が要求される。

 

最後は、建設的であること。ディベートでは点数のほか、いかに論題の検証に貢献したかが俯瞰的に評価される。相手の揚げ足取りに終始すれば、点数という勝負には勝っても試合に負けてしまう。

 

しかしディベートは、ひところに比べて盛んではなくなったという。なぜか。確かに準備には手間がかかる。人数もそろえなきゃならない。

 

が、最大の理由はおそらく「討論」=真っ向から相手方とサシで勝負するというイメージが好まれないからに違いない。それが最近の、「共感」だの「絆」だのヨコのつながり大好き、白黒つけるの苦手、の風潮からは時代遅れに見えるのだろう。いやいや、どちらがより聴衆の支持、つまり共感を得られるかという勝負なのだが。もったいない話だ。

 

 

 

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