『戦争広告代理店』(高木徹2002)
本の名前は知っていた。だが、なぜ中身に目を通していなかったのか。後悔しきりである。
あらすじを解説すると、強国に信仰された弱小国家が、いかにして国際社会から軍事的資金的援助をもぎとり、独立を勝ち取ったのか、だ。そして話の主役は「いかにして」という部分にある。
時代は90年代前半、舞台はヨーロッパの東部バルカン地域(半島)。第一次世界大戦勃発の地でもある。そこにはかつて、多民族国家・ユーゴスラビア連邦があった。
91年のソ連崩壊をうけ、旧ユーゴにいたスロベニア人、クロアチア人などさまざまな民族が、独立して自分たちの国を作ろうとしていた。ソ連という巨大な星の引力が尽きて、まず大惑星が軌道を外れ、さらにそれをめぐる小惑星どもが、つぎつぎとコースアウトする感じだ。
だがその大惑星の主、旧ユーゴのセルビア人勢力は、小惑星らの独立を、軍事力で阻止しようとする。口実は「国内にいるセルビア人の保護」(今年の冬にも、似たようなセリフをきいたな)。
反発する民族との間に、内戦がはじまった。戦いは、はじめセルビア人側優位だった。なかでもボスニア・ヘルツェゴヴィナは、圧倒的に不利な立場となった。国連にうったえたが、相手にされなかった
ところが、その弱小国家は、おどろくべき手をつかい、形勢を逆転させた。
それは「アメリカの世論に直接うったえる」だった。
このシナリオを描いたのは、アメリカのPR会社だった。戦争に、善悪の対立観念を持ちこんで単純化し、国際社会で、弱小国家の応援団をつくっちゃう戦略である。映画『スターウオーズ』帝国軍VS共和国軍の構図を、当時の東南ヨーロッパにもちこんだのだ。
「絶対悪」を強調するために、たとえばこんな戦略を作った。
・一つの情報を、アメリカの複数のメディアで増幅させる(情報の拡大再生産)
・スポークスパーソンの演技力を徹底的に磨く(立ちふるまいや話し方、服装、メイク)
そして、
・キャッチコピーをつくる
このコピーが有名な「民族浄化(Ethnic Cleansing)」だ。「わが国で民族浄化がおこなわれている」、ボスニアの外相の訴えは、人権と民主主義を信条とする多民族国家アメリカを動かした。
当初「ヨーロッパの片田舎のけんか」と評されたこの紛争は、このコトバにより「許しがたい20世紀最後の蛮行」に様変わり。米軍とNATO介入をよんだ。それから3年半、街と人の心に深い傷あとを残し、やっと95年に和平を見た。
あらすじが長くなった。さて本題。
この話、25年以上前とは思えないほどの既視感があるよね?この手の情報操作は、シリア紛争やウクライナ侵攻など、遠く離れた異国だけではない。国内の政治や経済、日々の出来事に関しても、応用されているのだとおもう。
では、情報の受け手である庶民が、ここから学べるものはなにか。
まず、ふだんわれわれが受ける情報は、良くも悪くも、国内外をふくめ、欧米の視点で発信されているという事実を前提にする(日本政府も『おまえ欧米か(古いな)』だ)。旧ユーゴ大使の中江氏は、これを「情報覇権主義の強まり」と指摘している。
つぎに「情報の拡大再生産」「情報発信者の演技力」「キャッチコピー」のわなに、自分がはまっていないかということだ。繰り返し繰り返し、情緒的に流されるニュースには注意した方がいい。TVは、用のないときには切っておいた方がいい。SNSでは、アルゴリズムにより、自分の支持する情報が、優先的に表示されるという事実をお忘れなく
さいごに、情報発信者がどこか、確認するということだ。
たとえば、市民が武装警官に投石する場面があったとする。
・不気味にそびえる警官の群れに抵抗をする市民の立場
・投石の嵐に無抵抗に耐える警官らの視点
この2つは、ともに事実であっても180度ちがう。つまりものの見せられ方で、印象操作は可能だということを、心得ておこう。
賢者は歴史に学ぶ、ものらしい。周回遅れで読んだこの本に、今を考えるカギをもらったと感じている。