3.11-阪神大震災にはどうして幽霊譚がないのか

「論理思考・データ解析」の講師も務める自分だが、理屈では説明がつかない怪奇談などにがぜん興味を持つタイプである。説明がつかない話にヘリクツを付けたい天邪鬼な衝動を抑えられないだけ、かもしれない。

 

さて、表題である。29年前の昔を振り返りたい。

 

阪神大震災のとき、育休中で難を逃れたものの、神戸の自宅は一部損壊した。それから、生活のすべてに不自由を強いられる日が半年以上続いた。会社復帰後の仕事は地元での営業だった。担当エリアは、焼け跡が生々しい激震地域だった。営業を始めてからの客先では「身近な人を亡くした」という話をなんどか聞いた。

 

ただ、一番被害の大きかったその地域でも、震災後に幽霊を見かけたという話は、ついぞ聞かなかった。数千人の人が一日にしていなくなった瓦礫が残る町で、だ。一方で、整備が進む東北の被災地にはいまだに幽霊譚がつきまとう。この違いはどこから来るのか。

 

東北には、遠野物語やイタコなど、死者との対話を通底とする文化土壌があるからという言説がある。ということは、我々関西人にとって幽霊は身近な存在ではないのか?そんなはずはない。

 

「亡くなった人の夢が、やり場のない思いや孤独に寄り添い、支えてくれることもある。心の痛みを大切に書き記し記録に残すことが、心の安寧につながることもある(社会学者 金菱清)」

 

今になって思うのは、「復興、がんばろう神戸」の掛け声に追われたあの時、当事者らは死を悼む思いを吐き出すタイミングを失ったのではないか。あの地震は災害に対するノウハウがない中で起こった。まして心のケアという概念もなかった。SNSに心の声を書き留め、不特定多数に聴いてもらうことも当時はできなかった。 

 

幽霊とは、この世で亡き人との再会を託せる唯一の手段だ。その術すらを持たずに、嘆きを心に秘めたまま日常に戻ることを強いられたのが、95年のあの震災だったのだろう。改めてそう感じる。

 

※『呼び覚まされる霊性の震災学』2016金菱清